国際大会に出るために必要なバッチテスト
都内某所のスケートリンクを訪れてみると、一般のスケートを楽しむ人々とは別に、ピンクやブルーの鮮やかな衣装に身を包んだ少女たちが練習に励んでいる光景を目にする。「ジャンプの練習エリア」「スピンの練習エリア」などと分かれている氷のリンク上で、真剣な面持で練習に取り組む子どもたち。フィギュアスケート人口はこんなに多くなっているのかと驚くばかりだ。
最初はおけいこごとのひとつとして始めたフィギュアスケート。だが、担当コーチから「真剣に取り組んでみないか」と言われる場合がある。そうするとグループレッスンから個人レッスンへ移行し、毎日リンクに通う日々が始まる。
フィギュアスケートに真剣に取り組み始めた少年少女たちが夢に描くのは国際大会への出場だ。
日本を代表する選手たちは、どのようにして国際大会への階段を駆け上ったのだろうか?
女子選手にターゲットを絞ってそのサクセスを追ってみよう。
まずはフィギュアスケート競技のしくみを簡単に説明しておく。
日本スケート連盟が主催する競技会は、学年や年齢ごとに分かれている。詳細は以下のとおり。
ノービスBは小学校3、4年生でバッチテスト5級以上取得者
ノービスAは小学校5、6年生でバッチテスト6級以上取得者
ジュニアは13歳から18歳でバッチテスト6級以上取得者
シニアは15歳以上でバッチテスト7級以上取得者
(注:この条件は女子のみ。男子は別途設定がある)
一般的には聞き慣れない言葉が「バッチテスト」である。
バッチテストとは、いわゆる選手の競技能力検定のこと。初級から8級まで設定されており、級ごとにジャンプやスピンなどの課題が決められている。限られた演技時間ですべての技を披露し、審判のジャッジで合格、不合格が決定する。
フィギュアスケート選手を目指すのなら、バッチテストにチャレンジすることが不可欠である。なぜなら選手としてスケート連盟に登録する際に絶対に必要になってくるからだ。大会への出場資格もすべてバッチテストが基準になる。国際大会へ出場するには7級を持っていなければならない。
バッチテストは場所によって異なるが、大きなスケートリンクであればだいたい毎月行われている。自分が目指す大会に焦点を合わせて、計画的に取得していくことが重要となる。
浅田真央選手が泣いた「スケート年齢」での戦い
フィギュアスケートの世界でもうひとつ特殊なのが、いわゆる「スケート年齢」と呼ばれているものだ。フィギュアスケートはシーズンの始まりを7月1日としている。これは各大会に参加できる年齢の判断に用いられる。2005年、浅田真央選手が9月生まれのため、「五輪前年の6月30日までに15歳」という年齢制限に87日足りないために代表資格を得られず、トリノオリンピックに出場できなかった話は有名である。スケート年齢でやっかいなところは、生まれ月によって上の学年の子たちと競い合わなければならないところだ。例えば6月生まれの子は、実際は小学校3年生でもスケート年齢では1学年上に数えられるので4年生の子たちと戦わなければいけない。小学生にとって1学年の差は大きい。結構苦労するという。
俳優でもある本田望結選手も参加した全国有望新人発掘合宿(野辺山)
最近ではマスメディアでも取り上げられるようになり、一般にも知られてきた通称野辺山合宿と呼ばれている全国有望新人発掘合宿。世界に通用する選手になるためには、参加したいと目標に定める子どもたちも多い。この合宿は1992年にスタートした。もともとは1998年の長野オリンピックに焦点をあて、金メダルを取ることができる選手を育てようと始められた。トリノオリンピック金メダリストの荒川静香さんは1期生として参加しており、それ以降も日本を代表する選手のほとんどがこの合宿の経験者だ。今年も7月18日から25日にかけて合宿が行われ、子役俳優として活躍している本田望結選手も参加したことで話題になっている。
合宿期間中は徹底的にスケートに必要なトレーニングをこなす。陸のトレーニングも多く設けられ、合宿の最後には試合がある。
どうすればこの合宿に参加できるのだろうか?
対象となるのは6月30日の時点で9歳から12歳のノービスA、Bの選手として登録している子どもたちだ。春に野辺山へ参加するための選考会を兼ねた大会がブロックごとに開かれ、そこで上位に入賞することが必要になってくる。繰り返しになるがノービスBの場合はバッチテスト5級に合格していること、ノービスAの場合は6級に合格している必須条件である。
合宿最後の試合で優秀な成績を残した選手は、全日本ノービス選手権へ推薦出場でき、全日本ジュニア強化合宿への参加も認められる。多くの子どもたちが「野辺山」を目指して努力するのには、こういった理由があるからだ。
ポスト浅田真央へのヴィクトリーロード
世界に通じるスケーターになるための最初の登竜門は全日本ジュニア選手権出場だろう。参加資格は13歳から19歳、バッチテスト6級以上取得者である。全国6つの地区で予選が行われ、各地区の大会の上位入賞者と予選免除者が、東日本、西日本各ブロックの大会へ進む。これらの大会の上位入賞者と予選免除者が本選となる全日本ジュニア選手権に出場することになる。非常に遠い道のりだ。
大会で優秀な成績を納めると、シニアの大会である全日本選手権に出場することができる。例えば浅田真央選手は2004年から2005年のシーズンに行われた全日本ジュニア選手権で優勝をし、全日本選手権に出場をしている。ジュニアの選手ながら、全日本選手権でも2位になり表彰台に上がるという快挙を成し遂げている。
全日本ジュニア選手権の歴代優勝者には、男子では高橋大輔選手や羽生結弦選手、女子では荒川静香選手や浅田真央選手などのオリンピックメダリストたちが顔をそろえている。この大会は、未来のメダリストを予測する上で重要な試合と言えるだろう。
15歳になりバッチテスト7級以上を持っていれば、シニア登録をして、いよいよ国際大会出場が見えてくる。浅田真央選手のような一流選手になると、ジュニア時代から国際大会に出場して活躍しているが、通常の流れは以上だ。
今回フィギュアスケートに取り組む小学校3年生の少女の母親に話を聞いてみた。
選手として大成するためには、学校の勉強、遊び、すべてを投げ打ってスケートに打ち込む覚悟が必要なのだそうだ。そして親は金銭面の負担を強いられることも念頭におかなければならない。買ったばかりのスケート靴が、成長期では3カ月で履けなくなってしまい、買い替えを余儀なくされることもある。有名なコーチのレッスン料も決して安いものではない。ポスト真央への道のりは遠く、険しい。
今日もリンクでヴィクトリーロードを目指し、練習に励む少女たちが数多くいる。