【第6回】公式記録映画『東京オリンピック』女子800メートル決勝|リアルホットスポーツ

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2015年8月20日
【第6回】公式記録映画『東京オリンピック』女子800メートル決勝

公式記録映画『東京オリンピック』の女子陸上800メートル決勝を検証する。

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※写真はイメージです。

記録映画ではない記録映画

1965年3月20日、前年の1964年に開催された『東京オリンピック』の公式記録映画が東宝系で劇場公開された。
この公式記録映画『東京オリンピック』は今でもDVDで観ることが出来る。
公式記録映画『東京オリンピック』にはいくつもの競技が収められているが、ここでは、「女子800メートル決勝」を、文庫『TOKYOオリンピック物語』(野地秩嘉/2013年10月13日/小学館)などの資料と共に見てみたい。

女子陸上800メートル決勝

女子陸上800メートル決勝は、大会10日目の10月20日。午後3時30分に開始された。
15か国、23人の選手が出場した女子800メートル。決勝に残ったのは8人の選手だった。
800メートルは一周400メートルのトラックを2周する。
この競技は3つの撮影班が撮影している。
中でもキャメラマン・山口益夫氏が捉えた映像は圧巻だ。山口益夫氏はスポーツ専門キャメラマン。戦後最高の腕を持つと言われた男だった。

その日、山口益夫氏は朝早くから国立競技場に出かけていた。
2mある、狭いやぐらにひとり昇った。
観客が入場する前に望遠レンズのキャメラをセッティングし終えるためだった。

選手がスタート地点に並んだところから撮影は開始された。
8コース、パッカー選手(イギリス)。
7コース、チェンバレン選手(ニュージーランド)。
6コース、スミス選手(イギリス)。
5コース、エリク選手(ソビエト)。
4コース、クラーン選手(オランダ)。 
3コース、ブライムヒルム選手(ドイツ)。
2コース、デブリエ選手(フランス)。
1コース、サボウ選手(ハンガリー)。

スターターの「用意」の声。そしてピストルの号砲。
山口氏はまず、1コースのサボウ選手を捉える。コースは楕円形のため、1コースの走者が一番、後方に位置することになる。そして、サボウ選手がコーナーに差し掛かる手前でほぼ全員と並ぶ。こうすることで走者8人全員を捉えることが出来るのだ。
ここから誰が飛び出すか?
優勝候補はパッカー選手だった。女子400メートルでは銀メダルを獲得している。
サボウ選手が先頭。そしてデブリエ選手が続く。
山口氏は先頭のサボウ選手ら数名の選手を追う──。
デブリエ選手がサボウ選手を抜く。
ここから山口氏は先頭のデブリエ選手を追う──。
デブリエ選手の独走か?と思われたところへ後方からイギリスのエリザベス・パッカー選手が一気に追い上げて来る。
デブリエ選手にパッカー選手がにじり寄ってくる。そして一気にデブリエ選手を抜くとパッカー選手がトップに躍り出る。
山口氏はパッカー選手だけを追う──。
レースの流れを読んで誰を捉えるべきかをよく解っているのだ。
イギリスのパッカー選手が一着でゴールイン。記録は2分1秒1.世界新記録。

一瞬、走りを止めようとしたパッカー選手は再び進み始める。
山口氏のキャメラはそれを追う。山口氏はパッカー選手がどこに向かおうとしているのかはわからなかった。それでも追い続けた。
パッカー選手は選手通路まで歩くと、ひとりの男性選手、婚約者のブライトウェル選手に抱き付く。
ここで2分半しかもたない山口氏のフイルムは途切れる。

選手通路の上に位置していた別のキャメラがこの続きを追っている。パッカー選手と婚約者のブライトウェル選手の笑顔を映し出す。

映画は、メインスタンドに位置していたキャメラがとらえた、デブリエ選手を抜くパッカー選手のスロー映像に切り替わる。
パッカー選手がゴールを切る瞬間、今度は選手通路の上に位置していたキャメラがゴールを切るパッカー選手を捉えた映像を同じくスローで映し出す。
リレーのような見事な編集だ。

選手通路の上に位置していたキャメラはゴールを切ったパッカー選手がニコリと笑うところを捉えていた。それは婚約者のブライトウェル選手に気づいた瞬間なのだろう。
山口氏にはわからなかったが、選手通路の上に位置していたキャメラのスタッフはニコリと笑ったパッカー選手を見て、ブライトウェル選手の元に歩み寄ることを狙っていたのに違いない。
競技だけでなくゴールした後もフイルムが途切れるまでパッカー選手を追い続けた山口益夫氏。打ち合わせをしていたわけではないのに別のキャメラもゴールを切ったパッカー選手を追い続けた。
ピントの合わせにくい望遠レンズでスタートからゴールまでをワンカットで押さえた山口益夫氏の腕は見事だが、ゴールの後も撮り続けたこと、そして同じように別の角度からも追い続けたフイルムが編集で見事に合わさったことが、素晴らしい映画にした。
もちろん、その競技とは関係のないシーンを捨てずに劇的につないだ市川崑氏の編集を、見事というほかはない。

著者:大橋博之

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専門分野/Webメディア・カルチャー・アート。著書/『SF挿絵画家の時代』(本の雑誌社)『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』(弦書房)『日本万国博覧会 パビリオン制服図鑑』(河出書房新社)ほか。所属/日本SF作家クラブ・日本ジュール・ヴェルヌ研究会。