【第1回】王貞治に700号ホームランを打たせた「氣」のパワーと「ゆる」効果|リアルホットスポーツ

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2015年10月8日
【第1回】王貞治に700号ホームランを打たせた「氣」のパワーと「ゆる」効果

究極のリラクゼーションを求めて「不思議な場所」へとたどり着いたアスリートたち。ベンチで座禅を組み動かない「安打製造機」。バットではなく日本刀を振り回すホームラン王・・・。

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※写真はイメージです。

1966年、ベンチで座禅を組み動かない選手にメジャーリーガーたちはわが目を疑った

スポーツライターの私がプロ野球を取材していると、なんとも非科学的な出来事にぶち当たり唖然とすることがある。
「たまあに」ではない。これがしょっちゅうあるのだ。
たとえば、毎日オリオンズの中心打者だった「元祖安打製造機」榎本喜八。

1966年。日米野球のために来日したロサンゼルス・ドジャースの選手たちはわが目を疑った。
日本選手のベンチの中心に「お坊さん」が座っていたからだ。
しかし、このお坊さん、若い。袈裟ではなくユニフォームを着てスパイクを履いている。
「試合をするぞ」といういでたちで座禅を組み、微動だにしない。他の日本人選手が守備練習に散ってもこの男だけ動かない。
「なんじゃ、こいつ?」
そう思ったのはサンディー・コーファックスなどメジャーリーガーだけではなかった。見るに見かねた川上哲治監督が声をかけた。
「きみはこれから試合ができる状態なのかね」
生涯、合氣道を究極のリラックス法だと信じた榎本は「はい」と答え、まったく体を動かさないまま打席に向かっていった。
単なる変わり者?
いや、そうじゃないと私は思う。当時、投手だった方に「その頃の最強の打者は誰?」とインタビューすると、まず間違いなく榎本喜八の名前が返ってきたからだ。

あと一本で700号ではなく、あと101本で800号本塁打と考えなさい

王貞治もまた合氣道により「東洋の神秘」となった。
と書くと「うそつけ!」と怒鳴られそうだが、小説『シド・フィンチの奇妙な事件』(ジョージ・プリンプトン)などアメリカの野球小説に登場する王貞治は、実際に「パワー」ではなく「魔法」でホームランを打つ男として描かれているのだ。

700号ホームランを打つ直前、スランプに陥った王選手の不思議なエピソードを紹介しよう。
エース級の投手は「700本目だけは打たれたくない」と気合を入れ、王に対し魂のこもったボールを投げ込んだ。
自信のない投手(こっちの方が当然多かった)は躊躇することなく王を敬遠で歩かせた。
理由は誰にもわからなかったが、打席の王貞治から独特のオーラが消え、「今夜こそ」と願う球場に通うファンはなんと3週間も待たされた。
その頃、王の自宅に電話をかけたのは「合氣の巨人」藤平光一だった。
<「だいぶ苦労しているようだね」
「はい、自分では悪くないつもりなのですが、どうしても打てません」
「なぜ、あんなにバットを固く握りしめるんですか」
「固く握っていますか。自分では氣がつきませんでした」>(藤平光一『「氣」の威力』幻冬舎)
アメリカでの講習活動を終え帰国した藤平は、すぐに王の打席をテレビで確認した。
「氣が出ていない」
「心と体がバラバラ」
藤平がホームラン王に教え、体にしみこませた「心身を統一する方法」は消えてなくなっていた。
<「以前私が教えたように、臍下の一点に心を集中し、二分の一、さらにその二分の一と心の波をしずめるように、三〇分ぐらい座ってごらんなさい。>
「心のしずめ方」の具体的な手順については、これから詳しく書いていきたい。
<そうすれば、全身がリラックスして統一体にもどります。そして、氣を出して、バットをやわらかくもつのです。>
藤平のアドバイスは「体の動き」だけではなかった。
<それにもう一つ。もう一本で七〇〇号だという考えを捨てなさい。百里を行くものは九十九里をもって半ばとしなければなりません。ゴール寸前がいちばんきついのです。あと一本で七〇〇本だと思えば、誰でも大きなプレッシャーがかかります。きょうから、あと一〇一本で八〇〇本と考えなさい。>
藤平が電話をかけたのが正午。その日の午後9時前に王貞治はボールをライトスタンドに叩き込んだ。
これが1976年7月の出来事。
3カ月後の10月11日。王は715号を放ちベーブ・ルースの記録を抜く。
それから一年もたたない9月3日に、ホームラン756本という世界記録を打ち立てている。

シアトルのファンは「サムライ」イチローの「フラミンゴ打法」に拍手喝采した

『「氣」の威力』を読み返していて、イチローがシアトルのファンと笑い合っている姿を思い出した。
2002年、メジャーリーグ取材のため、キャンプ地のアリゾナに出かけたときの話だ。
素振りをするイチローがふざけてメジャーの大打者のモノマネを始める。
幸せそうに腹を抱えるファンや子どもたちの間から、ごく自然にこんな声が上がった。
「サダハル・オー!」
「フラミンゴ!」
イチローが真似る王貞治のバッティングフォームがまた完璧で・・・。
しみじみ思った。
私たち日本のプロ野球ファンは、ベースボール発祥の地のファンよりも「豊かなもの」を見てきたのだ。その「豊穣」とも「過剰」ともいえる何ものかは、過去の一瞬の光景ではない。しっかりと今に引き継がれている。
ベンチで座禅を組むのは「奇行」?
バットではなく日本刀を振り回すのは「非科学的」?
怒りたい人は怒れ。笑わば笑え。
黄金時代を支えた「超常スポーツ」の世界へようこそ。

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数