【第5回】ジャイアンツV9 黄金時代のリラクゼーション その4 実践トレーニングの手順|リアルホットスポーツ

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2015年10月8日
【第5回】ジャイアンツV9 黄金時代のリラクゼーション その4 実践トレーニングの手順

世界数億人を魅了した一本足打法の誕生秘話とともに「地上最高のゆる」を解説します。

フリーライター
  
baseball05
※写真はイメージです。

「全身の力を完全に抜いてホームランを打つ」

前回「力を抜いて最強になる」では、王貞治の一本足打法の誕生秘話をご紹介したが、当然のことながら、プロ野球のスーパースターと同じことをやれ、といっても土台無理な話である。てゆーか、当サイトの目的はボールをバットで打つことではない(←今頃気づいたか、という自分に対するツッコミ)。
そこで今回は「自宅で30分ほど座る」の基本動作と「心の置き方」をおさらいしたい。

心身統一の4大原則
(1)臍下の一点に心をしずめ統一する。
(2)全身の力を完全に抜く。
(3)体のすべての部分の重みをその最下部に置く。
(4)氣を出す。

まず、普通に正座する。ここからが次の手順。
(1)正座する。
(2)腰を上げて立てひざの状態にする。
(3)肩と腕の力を抜く。
(4)軽く腰を下ろす。このとき、体の重みを足のかかとの方にかけてはいけない。
(5)もう一度、肩と腕の力を抜く。

おへその下10センチぐらいに「上体の重さが落ち着くところ」があるはず。そこが「臍下の1点」である。そこを意識するとおのずと座り方も決まるのだ。
仏像を思い浮かべてほしい(ネットで画像検索するとなおいいかも)。
仏像はみんな眉間の中心に丸いものが描かれている。水晶やルビーが埋め込まれた仏像もある。易学で「天帝」と呼ばれるもので漫画『黒子のバスケ』では「第三の目」「エンペラーズアイ」である。天地の氣が体内に入る大切な場所とされてきた。

「臍下の一点」を意識する。
次に「天帝」を意識する。
「この二点が対応している」
この言葉を浮かび上がらせることで「正しい姿勢」が生まれるはずだ。

「座禅」と似ているようで実はまったく違う「藤平合氣道」の座り方

「あれ、これ違うぞ」
そう思った方もいるはず。
「座禅の座り方はそうじゃなかった」
そうなのだ。
「鼻とへそを相対し、耳と肩を相対するように座る」
これが『座禅儀』などの座り方。似ているようでまったく違う姿勢なのである。
正しい座り方のポイントも言葉である。
「臍下の一点と天帝がピタリと一致している」
この言葉を浮かび上がらせる。
姿勢が決まる。
座禅の座り方をAとして「藤平合氣道」の座り方をBとする。
Aの姿勢の人の肩を後ろに押すと簡単に倒れてしまう。
Bの姿勢の人は押しても動かない。胸を押しても動かない。ひざを持ち上げようとしても動かない。「盤石の姿勢」を手に入れているからだ。
もうひとつ、座禅との違いは「天帝に意識を集中させないこと」である。
<インドからきた瞑想法は、天帝に意識を集中すると、ついには心が体から抜け出し、あちこちを飛びまわってまた体にもどってくると教える。が、心だけ飛んで歩くなら、瞑想などしなくても少年の空想でもできる。これは心身分離の教えであって、心身がバラバラになれば、人間の本来の力は発揮できない。>(藤平光一『「氣」の威力』講談社+α文庫)

言葉が心身を導いてゆくリラクゼーション

姿勢が決まると、「心をしずめる作業に入る
「心は本来静かなものである」
この言葉を浮かび上がらせる。
「波がある」
今の心の状態を言葉にする。
「この波をしずめて二分の一小さくする」
「さらに二分の一小さくする」
「さらにさらに二分の一小さくする」
二分の一にすることを何度行ってもゼロにはならない。ゆえに「無限に二分の一にしずめる」作業には終わりはない。
しかし、これは「永遠に努力し続けなければならない」ということではない。
「さらに二分の一にする」
この言葉を浮かび上がらせる作業をやめても「ほっておけば続く」と藤平は説く。
次に、心身統一の第二原則「全身の力を完全に抜く」。
これもポイントは言葉。
「頭の重さは下にある」
「腕の重さは下にある」
「上体の重さは下にある」
静かに座っている場合、
「全身の重さは臍下の一点にある」
力を抜いて言葉を浮かび上がらせる。

人は「落ちつこう」としても「落ちつき先」がなければ落ちつかない

次に、心身統一の第三原則「体のすべての部分の重みをその最下部に置く」作業に入るが……これ、言葉を浮かび上がらせても自分がどうなっているがよくわからない。
<これはある意味で当たり前のことだ。すべての物体の重みが下側にかかることに、異議をさしはさむ人はいない。人間も物体である以上、何もしないでリラックスしていたら、当然、体のすべての部分の重みはその最下部にある。>
ニュートン力学の大原則で人の重みは「落ちつくべきところに落ちつく」はずなのだが……これがなかなかできないのがまた人なのだ。
準備万端整え、リハーサルをし、人前でスピーチをする。直前に「落ちつこう、落ちつこう」と念じるが逆にカアッ上がっちゃって大失態。こういうこと、よくある。
<私は、いま、落ちついているのは当たり前な状態であるといった。なのにどうして、人は落ちつきを失うのか。それは、人々が何をどこへ落ちつけるかを知らないで、ただ「落ちつこう、落ちつこう」としているから、落ちつけないだけである。>
 しかし今、静かに座っているあなたは「落ちつき先」をすでに持っている。「臍下の一点」を持つことの意味はまさにここなのだ。

「氣が出ている」と思うだけでいい。そうすれば氣は出る

さてさて、作業の総仕上げ。到達点。心身統一の四大原則の四「氣を出す」である。
多くの人がこう思うはずだ。
「それがいちばんむずかしい」
「氣が出たからって何になるの? モテたり儲かったりするわけ?」
「そもそも氣って何? 物質?」
私もそう思って藤平光一の本を読み進めたが、最後の作業、実は一番簡単である。ちょろいもん。
<「氣が出ている」と思うだけでいい。そうすれば、氣は出るのである。>
心のうちでズッコケたが……。
私の入り口はプロ野球だった。日米野球のベンチで座禅を組む「安打製造機」であり、「世界一美しい」し、なおかつ「世界一珍妙でおもろい」王貞治のホームランだった。
ナイターが行われる球場のスタンドから選手たちを見降ろす。
外れたことはほとんどない。誰かが何かをきっとやらかす。
イチローの背面キャッチ。新庄剛志のお面。川藤幸三の「絶対に役に立たない守備練習」……数え上げたらきりがない。
「過剰」なまでに豊かな世界に身を沈ませていくとき……。
「私から今、氣が出ている」
 これだけはストンと納得できるのである。

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数