【第9回】「投手が見え、同時に自分のバットが見える」武道の修行が「安打製造機」榎本喜八に与えた「第3の目」|リアルホットスポーツ

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2015年10月9日
【第9回】「投手が見え、同時に自分のバットが見える」武道の修行が「安打製造機」榎本喜八に与えた「第3の目」

「自然体」で立ち、心身を統一し、心をしずめ、五体を結ぶ……。道なき道をかきわけ、たどりついた場所。その後、誰ひとりとして行きつくことができなかった境地とは?

フリーライター
  
baseball09
※写真はイメージです。

目は投手を見ている。後頭部がバットを見ている。

若い打撃投手はふりかぶったところで動作を止めた。
「あれ、榎本さん……」
投球フォームを中断し両腕を下げた。
打席の榎本喜八が目を閉じていたからだ。
榎本は瞑想の状態に入っていた。
<「バットを見なくても、バットの全体がはっきり感じられるというのかな。バットが、目の前に浮かぶというのか。バットの先端からグリップエンドまでの形がはっきりわかる。そんな感じになったんです」>(松井浩『打撃の神髄榎本喜八伝』講談社)
まさに「超常現象」である。その瞬間を心身に染み込ませ定着させるために、榎本は目を閉じていたのだ。
目を開けて構えを解く。バットを見る。
バットはバットのままだし、視界は数分前のまま。これはまぎれもない現実である。
<もう一度、バットを構えると、確かにバットの全体像が目で見ているかのようにはっきりと感じられた。><感じているのは後頭部の左半分のような気もしていた。> <頭でバットを見ている。>
何が起きたのか?

天才打者に少しでも近づきたい!「神」になるための(?)レッスン

榎本喜八のような「天才」でも超のつく「努力家」でもないので、私にはわからない。わかるわけがないが、合気道のリラクゼーションを続けることで「ほんのちょっとだけだが榎本喜八の境地に近づけるのではないか?」と思う。いや、「近づきたい」という願望か。

次の手順でリラクゼーションを続けてみた。
(1)脚を腰の幅に開けて立ち、足の裏で部屋のカーペットを「上に持ち上げる」とイメージする。
(2)「重みは下」と声に出して言う。
(3)ソファに座って胡坐をかく。
(これは自分自身の感覚で「最もリラックスできる」と感じたから)。
(4)「臍下の一点」を意識する。そこに組んだ手を持ってくる。
(5)海をイメージし「波がある」という言葉を浮かび上がらせる。「二分の一小さくする」という言葉を浮かび上がらせる。小さくなったと感じたら「二分の一小さくする」という言葉を浮かび上がらせる……「小さくすること」が川の流れのように自然な感じになるまで繰り返す。
(6)体の力を完全に抜く。
(7)息を吸う。頭のなかに空気がいっぱいに詰まっている、とイメージする。
(8)その空気をできるかぎり静かにゆっくりと鼻と口から吐き出している、とイメージする。
(9)頭のなかの空気を吐いたら<顔→首→手→腕→胴体→腰→脚→足→つま先>この順番で「吐き尽くす」。
(10)鼻から空気を吸う。
(11)まず、つま先を空気で満たす、とイメージする。
(12)つま先が空気でいっぱいになったら<足→脚→腰→胴体→腕→手→首→顔→頭>この順番で空気を満たしていく。
(13)頭のてっぺんまで空気でいっぱいになったら、「臍下の一点」に無限にしずめる、とイメージする。
(14)「臍下の一点」から血液が流れ出ていく、とイメージする。
(15)血液が「つま先まで」「手の指の先まで」「頭のてっぺんまで」流れていく、とイメージする。
当然、「十分な修行」でも「しっかりした経験」でもないが、これをやると「無重力」が感じられる。スタンリー・キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』のラストシーンのイメージに近い。しかし、宇宙空間に浮かんでいるのは赤ん坊ではなく、胡坐をかいた自分自身である。
自分自身を見ている、というイメージ。
榎本喜八はバットを構えた状態で「五体を結ぶ」修業を続けた。
「10000万回バットを振れ、と言えば10000回バットを振る」度を越した「マジメ人間」榎本喜八にとって、バットは体の一部である。
「バットが見えた」という超常現象は、むしろ「彼にとっては当然のこと」ではなかったか?

天国に行って神様に頭をなでられ続けた11試合

「神の域まで行かせていただきました」
「天国に行って神様に頭をなでられ続けた日々」
日米野球のベンチで座禅を組んだまま動かなかった男が残した謎の言葉。
『打撃の神髄榎本喜八伝』から引用しよう。
<骨や筋肉、それに胃や腸、肝臓などが、どこにどんなふうにあるのかわかるようになったんです。自分の体は、その日その日で状態も、感じ方も、動き方も違うよね。だから、ソファに座ったり、遠征の列車に乗ると、まず、その日その日の身体の状態をありのままに感じるようにしてた。そして、呼吸法をしながら、自分の体の調子を整えてたの。大阪から東京まで特急列車に乗っていても、目をつぶって体の中をじっくり感じているとアッという間に時間が過ぎたものね。そうすると、体調のいい時には、体の中がまるで目に浮かぶようになっちゃった>
<榎本は、自分の動きが少しゆっくりなのに気づいていた。><周りも、心なしかゆっくり動いているような感じ>
<手からバットに血が通ってくる><その手は、臍下丹田と結んでいる。だから、バットも、自然と臍下丹田と結びついてくる>
<自分の身体の動きが、それこそ五体のスミズミまではっきりわかったんです。言葉でいうと難しいんだけど、毎日毎日バカ正直に稽古していた臍下丹田に、自分のバッティングフォームが映ったとでもいうのか、脳裏のスクリーンに映ったというのか。>
<タライに張った水に、お月さんが映るでしょ。あれと同じ。タライに張った静かな水に自分のバッティングフォームが、はっきりと映ったような感じだったですねえ>
<夢を見ているようでしたね>
しかし、夢はたった11試合しか続かなかった。

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数