【第2回】ジャイアンツV9 黄金時代のリラクゼーション その1 座り方|リアルホットスポーツ

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2015年10月8日
【第2回】ジャイアンツV9 黄金時代のリラクゼーション その1 座り方

「30分ほど座ってごらんなさい」――これが合気道の達人からのアドバイスだった。わずか30分で王貞治選手は極度のスランプから脱したという。「思考の中心」を知る座り方とは?

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※写真はイメージです。

「思考の中心」臍下の一点を知り、心をしずめるリラクゼーションの極意

「30分ぐらい座ってみなさい」
1976年7月。極度のスランプに陥った王貞治に合気道の達人、藤平光一が贈ったアドバイスである。
球場に出かける前、ホームラン王は何を行ったのか。

心身統一の4大原則
(1)臍下の一点に心をしずめ統一する。
(2)全身の力を完全に抜く。
(3)体のすべての部分の重みをその最下部に置く。
(4)氣を出す。

やったのはたった4つ。いたってシンプル……と書きたいところだが、のっけから「???」だ。
「臍下の一点」って何? それはどこにあるのか?

「臍下の一点」を知るための座り方
「臍」はセイと読む。「臍下」はセイカ。おへその下、下腹部のこと。
下腹部の「一点」は座ることで感知することができる。順を追って解説しよう。

(1)正座する。
(2)腰を上げて立てひざの状態にする。
(3)肩と腕の力を抜く。
(4)軽く腰を下ろす。このとき、体の重みを足のかかとの方にかけてはいけない。
(5)もう一度、肩と腕の力を抜く。

(5)の時点で上体の重みが落ち着く場所、それが「臍下の一点」である。おへその下10センチぐらい。昔の人は「へそ下三寸」と呼んだ。
「腹をくくってやるしかない」とか、よく人は言うが、その「腹」がここなのだ。体の重みが「一番下で」落ち着くところ。
「腹をくくる」はむずかしい局面に対処する「心の状態」の表しているが、それは脳の状態のことではない。脳が考えるのではなく「腹が考える」。

藤平光一は「リラックスしたければ脳から離れなさい」と説く。
<心は波のようなものだ。私たちが生きているかぎり、大脳小脳も働きつづけ、心の波は次々に押し寄せてくる。>(『「氣」の威力』講談社+α文庫)
昔の人は心の波を「煩悩」と呼んだ。人はごく普通の状態でも「荒れた海」を抱えて暮らしているということだ。
<この波を無理に沈めようと思っても、しずまるものではない。波をしずめようと思うこと自体がすでに心の波なのである。>
つまり、「リラックスしよう」と思うと「荒れた海」にさらにもうひとつの波が生まれ、人は意識する方向と逆の方向へと流れてしまう。「沈まれ」と念じると逆に海は荒れていくのだ。

心は本来静かなものである

リラックスしようとするとリラックスできない。
このなんとも不条理な状態から抜け出すにはどうしたらいいのか?
解決法は言葉だ。
「心は本来静かなものである」
この言葉を浮かび上がらせる。
「波がある」
今の心の状態を言葉にする。
「この波をしずめて二分の一小さくする」
「さらに二分の一小さくする」
「さらにさらに二分の一小さくする」
この「二分の一」こそ「藤平合氣道」の極意なのだ。

王貞治に語った「30分ぐらい」の意味

「臍下の一点に心を集中し、二分の一、さらにその二分の一と心の波をしずめるように30分ぐらい座ってごらんなさい」
藤平光一が王貞治に贈ったアドバイスに戻ろう。
このなかで大きな意味を持つのが「30分ぐらい」という言葉。
「波がある」
「この波をしずめて二分の一小さくする」
ここに時間の流れがある。
「二分の一になった」
「さらに二分の一小さくする」
またここに時間の流れが生まれる。
時間の総和が「30分ぐらい」になると「もとの荒れた海の状態に戻ることはない」と藤平は説く。
<そうやって、二分の一、二分の一としずめていけば、いくらでも波はしずまっていく。だが、ゼロにはならない。この無限にしずまってとどまることのないのが><天地の氣である。>
つまり、リバウンドしない。
「30分ぐらい座ること」で王貞治は「無限」を手に入れることができた、ということになる。
アドバイスから数時間後、後楽園球場の打席に入ったときも「無限にしずまってとどまることがない」状態は続いている。
<こうした無限にしずまってとどまることを知らないものに、心も体も任せきってしまえば、それが無念無想である。このとき、本来一つである心と体が、一つになるのは当然である。>

ジャイアンツV9時代を支えたのは「戦略」論か「精神」論か?

読売ジャイアンツに合気道を持ち込んだのは荒川博だといわれている。荒川の打撃コーチ時代は「V9」、栄光の時代と重なっている。
なぜ、ジャイアンツは9連覇という偉業を達成できたのか?
長嶋茂雄、王貞治、森昌彦、柴田勲、高田茂、土井正三、堀内恒夫、高橋一三、城之内邦男……。
名選手の名はいくらでも出てくるし、選手個人の能力についてもさんざん語られてきた。
しかし、選手の能力、いわば「筋肉の力学」を横に置けば、世間で語られるのは、もっぱら「戦略」論である。
「監督となった川上哲治は、日本で初めて『ドジャース戦法』を取り入れた」
「ON砲のホームランで勝ったのではない。『スモールベースボール』に徹したからこそ勝てたのだ」
「V9時代のジャイアンツは『守備のチーム』だった」
「監督、コーチが選手を徹底して管理したからこそつかめた栄光」
経験上、インタビューで選手が多く語るのは「心の動き」である。しかし、高度成長期と重なったこの時代、選手個々の「心」は「精神論だ」として切り捨てられた。結果、監督を経験した名選手のリアルなイラストが、本屋のビジネス書コーナーに並ぶ、というおかしなことが起き、それは今も変わっていない。
「理想の上司」「部下の管理術」「チームワーク」「大きな敵に勝つ戦略」……そういった「企業の論理」で野球が語られるようになってしまった。
多くの人は、企業の論理を忠実に守り、利益を上げ、給料をもらって生活している。
「ああ、仕事がやっと終わった」
人はナイターが行われる球場へと向かう。ビールを飲み、グラウンドを見降ろしたとき……。
そこにいるのが、職場と同じ「企業の論理」で合理的に働く人たちだけだったら、サラリーマンがわざわざお金を払ってプロ野球を見るだろうか?

 敵と闘う時間は短い
 自分との闘いが明暗を分ける
          王貞治

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数