【第1回】F1マシンで「神の域」にまで突き抜けたアイルトン・セナ|リアルホットスポーツ

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2015年7月22日
【第1回】F1マシンで「神の域」にまで突き抜けたアイルトン・セナ

2015年、ホンダが23年ぶりでF1レースに復帰する。「HONDA」+「F1」のコラボレーションは何故、これほどまでに日本人の心を躍らせるのか?私の答えは、アイルトン・セナ。1988年秋。「神を見た」というセナのメンタルとはどのようなものだったのか?

フリーライター
  
ayrtonsenna01
※写真はイメージです。

鈴鹿サーキットに神を見た。光に包まれ天高く上がっているんだ

「僕はまだ若い。何年でも待っていられる。もう一度、ホンダに乗るから
                アイルトン・セナ
「子どものころ、僕の部屋には1枚のポスターが貼ってあった。それは憧れのドライバー、アイルトン・セナが乗っていたマクラーレン・ホンダだった。だから、いまその伝説のマクラーレン・ホンダの一員に加われたことをうれしく思う」
                フェルナンド・アロンソ

1992年──。
ホンダはF1から撤退した。
エンジニアの木内健雄に「僕はまだ若い」と声をかけたアイルトン・セナは1994年5月1日に事故死した。34歳という若さだった。

2015年──。
5月16日に発表された「ホンダF1復帰」のニュースを聞いて、私は『ああ、そうなのか』と思った。しかし、その程度で特別感激したわけではなかった。
ところが、毎日、ニュースを追うにつれ、胸の高まりはどんどんどんどん高まっていった。
「最近F1中継見てないなあ」という人のなかにも同じ状態の人が多いんじゃないかな、と思う。

「スプーンカーブを走っている時、宙に浮いたような神を見た。光に包まれて、天高く上がっているんだ」
1988年の日本グランプリ。自身初のドライバーズタイトルを手にしたアイルトン・セナは「神を見た」と言った。
スポーツジャーナリストの私がスポーツマンのメンタルについて考えるとき、いつも思い浮かべるのがセナの、この言葉だ。

あの日、私は鈴鹿にいた。
『平凡パンチ』で専属ライターをしていた頃のことだ。
サーキットに分散した客席に「あー」というどよめきが伝播していった。
常識を超える速さを見せつけ、このレースがシーズンの総仕上げとなるはずだったセナのマシンだけが動かない。
ポールポジション、一番前にいる紅白のセナのマシンが後続のマシンの流れにのみ込まれていく。
やっとマクラーレン・ホンダを発進させたセナが1コーナーに飛び込んだとき、前には13台ものマシンがいた。
「あれ?」
2度目に紅白のマシンを見たとき、セナは8番手まで順位を上げていた。
一緒に観戦していた同僚の顔を見ると、体は固まっているのに顔はうれしそうに笑っている。私もきっと同じ状態だったに違いない。
「セナだよね。セナだもんな」
同僚は意味不明の言葉を吐いて、我慢しきれなくなったのかギャハハと破顔一笑した。
S字コーナーのスタンドにいた私には、セナがいつどこで抜いたのかまったくわからなかった。
「あ、また順位を上げている」
2周で2台を抜いたことを知ったとき、セナの勝利を確信した。
うれしいなあ。「うれしい」と表現するしかない2時間だった。
私はナイジェル・マンセルをひいきにしていて、アラン・プロスト、アイルトン・セナを目の敵にしていたが、そんなことはどうでもよくなった。
今日は「セナの日」であり、そこに居合わせたことを何者かに感謝したい気持ちになった。

「突然、誰かがマシンの底を蹴った」88年モナコGP

この年のアイルトン・セナは、取材していたベテラン記者も首をかしげる謎の発言を続けていた。
予選では最後の一周できっちり逆転する。それがアイルトン・セナの名人芸で、ピットクルーの間では「セナがポケットのなかのコンマ1秒を出した」というジョークが交わされていたという。
しかし、第3戦のモナコGPは周回を残して引き揚げてきた。
「怖くなった」というのがその理由だった。
「意識的な理解を大きく超えていると実感したので突然、怖くなった。ゆっくりピットに戻り、それ以上を走らなかった」
「突然、誰かがマシンの底を蹴った」
時速300キロ超で疾走するマシンを下から蹴った?誰が?
「そこで、ハッと目覚めたようになって、普通と違う世界にいたことに気づいた」
ブラジリアンにはきまって「陽気な」という形容詞がつくが、アイルトン・セナはいつも悲しい目をしていた。

1秒間に6回ものアクセル開閉をくり返す神業「セナ足」

「バカッ速い」ことは、フリー(練習)走行を見ればすぐにわかる。
レース全前日の金曜日。ヘアピンカーブのところで「セナのアクセルワーク」についての同僚の講釈を聞いた。
180度近いターンをしなければならないのにセナのマシンだけは減速しない。誰よりも速くコーナーに突っ込み、誰よりも早くフルスロットルに持っていく。

コーナーに入る際、セナは1秒間に6回ものアクセルの開閉をくり返している。
ホンダが新しい電子制御システム導入した際、ノイズ除去フィルターをつけたところ、セナの小刻みすぎるアクセルワークはすべてノイズとして処理された。
結果、ドライブ・バイ・ワイヤが作動しない、というセナにしか起こり得ないエンジントラブルが起き、スタッフは頭を抱えた。
彼の死後、ライバルだったアラン・プロスト、ゲルハルト・ベルガーが、いわゆる「セナ足」を再現しようとしたができなかった。日本のF3000クラスのドライバーによる検証実験の結果は、「セナ足でマシンが速くなる理由はわからない」というものだった。
チームメイトだったアラン・プロストは常に疑っていた。
「ホンダチームはセナに性能の高いマシンを与えている」
セナの速さは、力学的、科学的に説明できない。
ならば・・・。
「セナの速さの根源は、テクニックではなく、精神力にある」(アラン・プロスト)
ハイテクのかたまりであるF1マシンで「神の域」にまで突き抜けたアイルトン・セナの「メンタルの強さ」とは何だったのか?彼はどんな方法で内面をコントロールしていたのか?

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数