【第8回】アイルトン・セナが動かぬまま運び出されても「ショー」は続いた|リアルホットスポーツ

  • ウェブライターを大募集!ぜひ応募してください
2015年7月23日
【第8回】アイルトン・セナが動かぬまま運び出されても「ショー」は続いた

1990年日本GP。1周目第1コーナーでセナは「自爆」した。スタートで前に出たアラン・プロストのマシンに対し、コースをゆずらず、ただただアクセルを踏み続けた。「故意か偶然か」――議論が今も続く「8秒のドラマ」の真相とは?

フリーライター
  
ayrtonsenna08
※写真はイメージです。

それはセナの「カミカゼ・アタック」だったのか?

「僕たちには制御しきれないものがある。僕は辞められない。進むしかないんだ」
アイルトン・セナ 死の前日のインタビューより

「何が起きたんですか?」という川井一仁の問いかけにアイルトン・セナは答えることができなかった。数十秒間、視線を泳がせたままの沈黙が続いた。
「チャンピオン」としての姿はひとかけらもなかった、といっていいだろう。
沈黙がすべてを物語っていた。
1990年。日本GP。昨年と比べるとセナ、アラン・プロストの立ち位置は真逆だった。
セナがプロストに9ポイント差をつけ、「優勝しかない」ところに追い詰められていたのはプロストの方だった。もちろん、プロストがリタイアしたら終戦。
「僕を無視して他の連中が決めている。昨年の僕への処分もそうだった」
ドライバーズ・ミーティングの冒頭、セナは椅子を蹴って出ていってしまった。
「何度も体制に裏切られてきたが、今日は僕のやり方でいく。どうなろうとも」
「僕のやり方」とは、プロストに対する「カミカゼ・アタック」だった。
またしても神業的なスタート決めたプロストに対し、セナはただただアクセルを踏み込むのみ。当然、2台のマシンは接触する。
1周目1コーナーで両者リタイア。セナはわずか8秒でドライバーズ・タイトルを手に入れた。
このレースを機にF1中継を見なくなった人は全世界に何人いただろうか。
がっかりして、それでもF1を見続けた人々は「Revenge」の7文字で納得しようとした。
「セナはプロスト、そして、その背後にいるバレストル会長に復讐した」
過去の英雄の多くが「体制に反旗を翻し突き進む者」だったのだから、セナにもそんな物語を重ね合わそうとした。

1周目1コーナーの事故の直後、セナもプロストも笑っていた?

それでも解けない謎が残っている。
イタリアの雑誌に載った写真の中で、事故直前のセナが不敵な笑みを浮かべていたのだ。
「死を賭して復讐に向かう」男が笑うか?
故意か偶然か、という議論は今も続いている。
「カミカゼ・アタック? ありえないよ。後続の車が突っ込んできただけでセナは死んでしまうんだから」
これが「単なるアクシデント」説を採る人々の主張だが、あのアイルトン・セナが勝負どころで笑うか?
もっと不可解な写真が、今度はフランスの雑誌に掲載された。
事故直後、マシンを降りるアラン・プロストもまた……笑っていた。
「なんて汚いやつなんだ!」
「今度、あいつが前に来たらコースの外に押し出してやる」
セナを口汚くののしっていたプロストが、殴り合いになって当然の幕切れに、なぜか笑みを浮かべていた。

セナのピットで「プロスト! プロスト!」の歓声?

2台のマシンが止まった位置も昨年とは違っていた。接触した2台は「まるで併走するかのように」後続車の来ないサンドトラップまで行って止まった。
それだけではない。セナがマスコミの前で言葉を詰まらせていたとき、ピット奥のブースでマクラーレン・ホンダのスタッフがシャンパンを抜き、
「プロスト! プロスト!」
歓喜のコールが、「宿敵」フェラーリに移籍したプロストの名だったというのである。
「俺の故郷のオーストリアでは『万歳』を『プロスト』と発音するんだ、と教えてやったからさ」
後にゲルハルト・ベルガーはそう解説したが……それで納得できる?
「F1八百長説」が再燃しない方がおかしい。

「スタート直後、鈴鹿サーキットの第1コーナーで起こったアクシデントは偶然でも何でもなかった。セナとプロストがそれぞれに計算しつくし、精密機械のような頭脳で考え、実行した超ウルトラCではなかったのか。それはまさに筋書きのあるドラマだった、といえるのかも知れない」
(荘田健一『アイルトン・セナ 神に召された天才の肖像』ゼニスプランニング)


このとき、アイルトン・セナはファイターであることをやめ、「旅回りのショーの一座」の役者のひとりとなり果てたのか。

インチキのショーだから「役者」は死ぬ?

誰もがこう反論するだろう。
「F1が八百長のショーであるなら、セナが死ぬことはなかったはず」
私も「そうだ!」と同意したいが……現実は真逆である。
それは「筋書きのあるドラマ」の典型、プロレスで死んだ者たちを見ればわかる。
プロレスラーのミック・フォーリーは、ビッグバン・ベイダーとの試合で左耳を失ったアクシデントについてこう書いている。

「そこで試合中止になるのが、いわゆる「真剣勝負のスポーツ」だ。でもプロレスは「インチキのショー」だから、その後も続いた」
(自伝『HAVE A NICE DAY!』より)


伝説となったアンダーテイカーとのデスマッチで、肩と顎を脱臼し、鼻に前歯が突き刺さり、唇の下の裂傷から舌が飛び出したときも・・・。

「真剣勝負のスポーツならここで試合中止だ。でも、ショーは続けなきゃならないんだ!」

もちろん、プロレスとF1はまったくの別物。「F1は八百長だ」と言いたくてこれを書いているわけではないが・・・。
ミック・フォーリーの自伝を読んだとき、アイルトン・セナが消えた直後、何事もなかったかのように再開されたレース――まるで「絵空事」「幻」「ネガフィルム」のようなテレビ画面を思い出さずにはいられなかった。
新人のローランド・ラッツェンバーガーが事故死し、王者、アイルトン・セナが動かぬまま運び出されても「ショー」は続いた。
死の前日のセナの言葉。
「僕たちには制御しきれないものがある。僕は辞められない。進むしかないんだ」

「もし、他のドライバーともっといいコミュニケーションがとれたら、もっと自由にいろんなことが話せるのだろう。お互いに尊重し合わなければいけないと思うし、競争に誠実さがあると信じなければいけない。誠実さを疑うとかなりアグレッシブになってしまう」 「僕は他の誰よりも2秒近く速かったね。突然、自分が意識してマシンをドライブしていないことに気づいたんだ。自分の意識的な理解を超えていた」
アイルトン・セナ

著者:中田 潤

フリーライター
アイコン
『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数