【第1回】男子バスケットボールに激震。新リーグに向けてのスタート|リアルホットスポーツ

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2015年7月23日
【第1回】男子バスケットボールに激震。新リーグに向けてのスタート

2020年、東京にオリンピックがやってくる。しかし、2014年11月、日本バスケットボール界に激震が走った。、国際バスケットボール連盟(FIBA)の制裁が下されたからだ。日本バスケットボールの問題とは?

熱誠のライター
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※写真はイメージです。
2020年、東京にオリンピックがやってくる。
しかし、2014年11月26日、日本バスケットボール界に激震が走った。
日本バスケットボール協会(JBA)の組織統治力欠如問題に対し、国際バスケットボール連盟(FIBA)の制裁が下されたからだ。
JBAのガバナンス欠如、男子日本代表チームの強化遅れ、2つの男子プロリーグ。
様々な問題を抱える日本バスケットボールの真の問題とは?

実は2つのリーグが存在する

僕は2012年からインターネットラジオfmGIG(エフエム・ギグ)において『マンティーのバスケットボールチャンネル』という番組を担当している。
その番組開始当時から、日本の男子プロバスケットボールリーグは2つ存在していた。
1つは、NBL(. NATIONAL BASKETBALL LEAGUE of JAPAN)。
もう1つはbjリーグ(basketball Japan league)。
さらに、NBLの下部組織として、NBDL(National Basketball Development League)が存在する。

NBLに所属するチームは、企業チーム5チーム(東芝神奈川/日立東京/トヨタ東京/アイシン三河/三菱名古屋)とクラブチーム8チーム(北海道/栃木/つくば/千葉/兵庫/和歌山/広島/熊本)の計13チーム。
bjリーグに所属するチームは、すべてクラブチーム(青森/岩手/秋田/仙台/福島/新潟/長野(信州)/富山/群馬/埼玉/東京/横浜/浜松・東三河/滋賀/京都/大阪/奈良/香川(高松)/島根/福岡/大分/沖縄)の計22チーム。
※クラブチームとは、チケット代、スポンサー収入等で収益を上げ、独立して運営しているチームを指す。
僕は2つのプロバスケットリーグが存在する、ということ自体に違和感はなかった。僕の中ではプロ野球でいう、セントラルリーグとパシフィックリーグの関係と同じ感覚で捉えていたからだ。

僕は両リーグともに公平に取材をする。僕の中では、NBLもbjリーグも日本のプロリーグと認識している(取材はリーグの違いより、チームと僕との相性を優先する、というのが本音ではある)。

bj リーグは2004年11月に『2005年11月開幕』を告げた。もちろん僕がプロバスケットボールに関わる以前の話だ。
はじめは6チームによってスタートを切ったが、年を重ねる毎にチーム数が増え、22チームまで増えた。
さらに、2015―2016年シーズンは、広島と石川が加わり、24チームとなった。
僕が関わるようになった頃には新しいシーズンが始まる毎にチームが増えていき、どんどん発展していくのを目の当たりにしてワクワクした。
それに、東北6県・北陸3県・島根とこれまであまりプロスポーツに馴染みのない地域でチームが増えたのは地域活性化という観点でも素晴らしいと思ったし、必ず日本のバスケットボール界は『チェンジ』していくと興奮した。
そして、2014-2015シーズンのファイナルではついに、10000人を動員した。
おそらくbj リーグの発足当時、10年間でこのような発展を遂げるとは誰も予想してなかったであろうし、僕も想像していなかった。
一方、
かつて日本リーグ(実業団リーグ)として運営し、2013年からプロ化をめざし発足されたのが、NBLだ。
当初はbjリーグのチームも巻き込んで、日本最高峰のプロリーグを目指した。
しかし、bjリーグから合流したのは千葉ジェッツのみ。
NBLは企業チームも所属していたので、大きな改革を断行するのが難しかったのだろう。
それでも、外見上は段階を踏んでプレミアリーグ化を目指していた。
この時にとことんbjリーグ側と合流に向けて議論をし落としどころを見つけていれば、国際試合不参加という事実にはならなかったであろう。僕としても悔しい瞬間だった。
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各都道府県をホームタウンとするbjリーグは、エンターテイメントを追及することを特徴としている。選手入場の演出、ハーフタイムの演目に至るまでゲームを楽しむというコンセプトが現れている。
bjリーグの外国人登録選手の出場枠は1Q・3Qで2人、2Q・4Qで3人。
企業チームも加入しているNBLは、日本人らしいバスケットボールを追求した為、外国人登録選手は1・3Qは1人、2・4Qは2人としている(ただし、日本人帰化予定選手については別の規定がある)。
つまり、バスケットを楽しむのか?日本男子バスケ界の底上げか?それぞれのビジョンが交わることができなかったのだ。

もともとバスケットボールリーグは1つだった

バスケットボール日本リーグは、1967年に日本バスケットボール協会・日本実業団バスケットボール連盟主催のリーグとして始まった。もちろんこれも僕が関わる以前の話。
2001年よりこれまでの日本リーグ1部リーグを「JBLスーパーリーグ」に名称変更。
しかし、2004年、当時JBLスーパーリーグ所属の新潟アルビレックス(現・新潟アルビレックスBB)と日本リーグ所属のさいたまブロンコス(現・埼玉ブロンコス)がバスケットボール日本リーグ機構と日本バスケットボール協会からの脱退を表明。2005年、新潟・さいたまに加え、仙台89ERS(エイティーナイナーズ)、東京アパッチ、大阪ディノニクス、大分ヒートデビルズの6チームでbjリーグ最初のシーズンが開幕した。バスケットボールが地域に根付くという第一歩を記した瞬間だった。この瞬間、日本の男子バスケットボールのリーグは2つ存在することになる。
志を大事にしたbjリーグ、それに対し、NBLは今までの流れを汲んだ形で進んだ。

それから10年後。国際試合出場停止をきっかけに新リーグを結成へ

この10年間、JBAは何度も何度も統一リーグを模索してきたし、NBL発足前にも統一を試みた。
しかし、利害関係が複雑に絡み合って合意に達することはなかった。

ところが、東京五輪が2020年に決まったという背景、さらには2006年日本で世界選手権を開催してここから日本代表が強化されるはずがなかなかうまくいかず、ついにFIBAがしびれを切らし、制裁に動いたのである。
バスケットボールのメディアを担当する僕としては、非常に失望した瞬間でもあった。
バスケットボールの発展には必ず国際化というのは必須条件だし、選手を夢見る子供たちの目標は「日の丸を背負って日本を代表する選手」として欲しいと思っていたから。その代表を追いかけるメディアの役割の中心として、自分自身が存在したかったから。
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FIBAは、FIBA主導で制裁解除に向けたタスクフォース会議を開催する。
会議を主催するチェアマンには、この男が指名された。
川渕三郎氏。
そう、1993年に日本サッカー初のプロリーグ『Jリーグ』を創設に於いて、豪腕をふるった人物である。
川渕氏は新リーグにあの『Jリーグ』と同じホームタウン制を導入し、リーグを1部から3部まで設け、1部にはホームアリーナ5000人収容を条件とした。
2016-2017年シーズン開幕をめざし、統一リーグ(新リーグ)は今度こそ結成に向け大きな舵をきれるのか?『豪腕』と呼ばれた男が今度はバスケ界で再登板を果たす。
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著者:マンティー・チダ

熱誠のライター
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スポーツが得意ですが、自分の興味があるものも含めてチャレンジしていきたいと思います。ぜひ宜しくお願い致します。