※写真はイメージです。
作者は言った「ミッシング・リンクと闘ったのは天龍源一郎」
きっかけはツイートだった。私は30年ぶりにバンド活動を再開させようとしていた。
パンク・ロックのファンと米国プロレスのファンは、ほんのちょっとだが重なっている。
音楽についてつぶやいているうちに話題はマイナーなプロレスラーに変わった。「こんな変な奴もいたなあ」というお話になったのである。
「サルと人間の間の失われた環、ミッシング・リンク(笑)」
「ミッシング・リンク? 漫画『プロレス・スターウォーズ』でカブキと闘った、という印象しかないなあ」
ここで意外すぎる人が登場。
「ありがとうございます。リンクと闘ったのはテンルーでした(笑)」
なんと、この書き込みの主は『プロレス・スターウォーズ』を描いたご本人、漫画家のみのもけんじ先生だった。
描かれた試合は「ザ・グレート・カブキ対ミッシング・リンク」ではなく「天龍源一郎対ミッシング・リンク」だという作者からのご指摘。
適当なことを書いていた私らは「うわ!」となって、みのも先生に謝った。私はわけがわからなくなった。
『プロレス・スターウォーズ』はその名の通り、日米の「スター」レスラーが団体の枠を超えて対決する夢のようなお話である。
ミッシング・リンクは「スター」か?
日米全面対抗戦で天龍源一郎と闘う資格がミッシング・リンクにあるのか?
画像を検索して驚いた。漫画『プロレス・スターウォーズ』第6巻の表紙に緑色の怪人がでかでかと描かれていたからだ。
やはり、プロレスは魔術であり巨大な幻想である。プロレスとはリングのあり様だけではない。そこに「紙に描かれたもの」が加わり、幻想はさらに巨大化する。
図書館に走っていって『プロレス・スターウォーズ』を読み直した。
リンクよ! メインエベンターになれなかったレスラーの恨みを見せつけろ!
198x年。東京ドームで行われた日米対抗戦。天龍源一郎の対戦相手は「ミスター?」となっていた。リングに登場するまで「?」が誰なのかわからない。リングの上空に巨大な輪っかが現われ、マネージャーのプリングル3世が座っている。
<さあ、見せてやれ、リンクよ! 人間になれなかった類人猿の……!!>
普通なら紹介文はここで終わる。次のセリフにこそ、みのもけんじ先生の「プロレス愛」が詰まっている。
<メインエベンターになれなかったレスラーのうらみを見せてやるのじゃーっ!!>
デューイ・ロバートソン(のちのリンク)が腰に巻いたベルトはNWA「カナディアン」チャンピオン、NWA「セントラル・ステーツ」チャンピオンのみ。「世界のベルト」を巻いたことは一度もない。
漫画での試合の前半、リンクは実物どおりヘッドバットだけで天龍を追い込む。
リンクを変身させたのは、客席の子ども(この漫画の客はなぜか全員、子どもである)のヤジだった。
「ここは東京だぞ!」
「TOKYO」の5文字を聞いてミッシング・リンクは、突如としてテクニシャンに変身。
フライング・ヘッドシザース、ドロップキックからグラウンドの攻防に持ち込む。
リングサイドでリンクの動きを見ていたバーン・ガニア(AWAの帝王。元アマレス五輪代表)がリンクの正体を思い出す。
「カナダに遠征したとき、私を訪ねてきた若者だ」
「彼はアマレスの強豪で東京オリンピックを目指していたが、夢はかなわなかった」
「TOKYOの言葉を聞いて、リンクは自分の真の姿を思い出したのだ」
「消えた男」デューイ・ロバートソンは無名の前座レスラーだったのか?
モノクロのプロモート写真のなかで、デューイ・ロバートソンはアマチュア・レスリングの吊りパンを着用し笑顔でバーベルを持ち上げている。もう1枚の試合中の写真では、赤い吊りパンにカナダ国旗のメイプルリーフが縫い込まれている。
アマレス時代の栄光を引きずる男。正統派のなかの正統派。ハンサムな愛国者……。
このようなプロレスラーがベビーフェイス(正義の戦士)として成功した例は皆無だ。
オリンピックの金メダリスト、カート・アングルの吊りパンもブーイングを浴び続けた。
アメリカ在住のライター、ジミー鈴木は、変身する前のミッシング・リンクを次の一言で切り捨てている。
<デューイはカンサス地区の前座だった>(『これぞプロレス ワンダーランド』ベースボールマガジン社 1984年)
「ミッシング・リンクは類人猿を演じていただけ。本当は強くてレスリングがうまい」
無邪気にそう書きたいところだが、謎は残る。
アマレス時代のデューイ・ロバートソンの戦歴がどこを探してもないのである。
漫画のなかのバーン・ガニアの回想もなんとも微妙。
<カナダ・アマレス界で5本の指に入るといわれていた学生、デューイ・ロバートソン>
「カナダ選手権入賞」が「過去の栄光」と言えるだろうか?
ミッシング・リンクの技をすべて真正面から受け続けた天龍源一郎が叫ぶ。
<俺はリンクとは違う>
<俺は横綱になれなかったんじゃない!! ならなかったんだ!!>
漫画が描かれた時代。天龍源一郎は、全日本プロレスのナンバー3の位置にいた。エースはもちろん、ジャイアント馬場。2番手はエリートのジャンボ鶴田。
新日本プロレスの状況も似ていた。一枚看板のアントニオ猪木。「後継者」とずうっと言われ続けた藤波辰巳。下剋上の「革命」を起こした長州力。
2番手、3番手のレスラーたちは団体の枠を超え、「俺たちの時代」を合言葉に闘った。
「馬場・猪木」時代を終わらせるために。
漫画のなかの天龍は、鶴田の必殺技、フライイング・ニー、藤波のドラゴン・ロケット、長州のリキ・ラリアットでリンクをノックアウト。
緑のペイントがはげかけたリンクの顔に自分のガウンをそっとかけ、
<試合は終わったんだ。さあ、リンクよ。ゆっくり休むがいい>
漫画を読み終えた私は小学生と化していた。
「強いデューイ・ロバートソンが見たい!」
ネットを漂流し……動画はあった!
試合の日時も場所も不明。ブラウン管テレビの前にカメラを置いただけ、とおぼしきハレーションに満ちたものだがカラー動画がたったひとつだけあったのだ。
小さくはない試合会場。メインイベントに登場した赤い吊りパン姿のデューイ・ロバートソン。タッグマッチのパートナーは「ベビーフェイス」のリック・フレアー。対戦相手は、ベルトを巻いて登場したロディー・パイパーと丸腰のジミー・スヌーカ。
3人の「スター」とともにリングに上がっても、デューイのガタイは群を抜いていた。厚みが違う。
「おお!」と期待し、「でもね」と思う。
このマッチメイクはないだろう。
おそらく、「シリーズ」はフレアーとパイパーの抗争を軸に組み上げられている。結末が両者のヘビー級タイトルマッチだとすれば、これは前哨戦にすぎない。
負けていいのは誰?
デューイ・ロバートソンしかいないではないか?
【連載】魔術とリアルが交錯する「プロレス怪人伝」