【第13回】「プロレスはインチキのショーだから、その後も続いた」ミック・フォーリー|リアルホットスポーツ

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2015年8月26日
【第13回】「プロレスはインチキのショーだから、その後も続いた」ミック・フォーリー

WWFのリングで「ミック・フォーリーの中にいた三人」は解放され、「最後の人格」ミック・フォーリー自身が最大の喝さいを浴びた。自傷行為をくり返す男、「自殺志願者」はもういない。

フリーライター
  
pro-wrestling13
※写真はイメージです。

ストーンコールドとロック様。プロレスは「華麗な口げんか」だった

1998年のWWFが提示したプロレスの定義はシンプルだ。
「プロレスは語られる言葉で出来ている」
聖書の一節によりドラッグ地獄から救われたと語るジェイク・ロバーツに対し、スティーブ・オースチンは強烈な言葉をお見舞いした。
「あんたの聖書の3章16節にはそう書いてあるかもしれないが、“オースチン書”3章16節には、『俺があんたのケツをヒーヒー言わした』って書いてあるぜ」
聖書を冒涜することはタブーの中のタブー。それだけで大ブーイングが起きるはずなのに、オースチンはそこに「ケツ(ass)」という言葉まで組み込んだ。

ブーイングは?
会場は熱狂のるつぼと化した。
「Austin 3:16」という文字だけが白抜きのTシャツが売り出されると、スティーブ・オースチンの年収は10億円を超えた。ライバル団体WCWをクビになった地味なレスラーは、たった一言のマイクアピールで化けた。

そのちょっと前、オースチンが中指を立てただけでWWFは手にモザイクをかけて放映した。
オースチンはおかまいなしに「語られる言葉」によってアメリカ人の感情を解放していった。
オースチンの前に立ちふさがったのが、悪役に転向したばかりのザ・ロックだった。 ロックはオースチンを「トレイラー・トラッシュ(トレイラーハウスのゴミ)」というえげつないひと言で切り捨てた。
「これだけは覚えとけ。なんたってストーンコールドがそう言っているんだからな」というオースチンの決め台詞をロックはこう切り返した。
「これだけは覚えとけ。ストーンコールド――過去の男。これがロック様の挨拶だ」

なんであんたはそんなに自殺したがるんだ?

プロレスが口げんかと化していたとき、ミック・フォーリーはビデオを見ながらテリー・ファンクと大笑いしていた。
ジ・アンダーテイカーとショーン・マイケルズの「ヘル・イン・ア・セル」戦。ショーンが金網の横壁から放送席に突き落とされる衝撃のシーン。
ミック「これよりすごい試合ができると思う?」
テリー「金網のてっぺんから落ちたらどうだ?」
ミック「落ちたらもう一回よじ登っていって、また落とされる、ってのは?」
それは単なるジョークのはずだった。

試合の前日、アンダーテイカーはミックに問いかけた。
「なんであんたはそんなに自殺したがるんだ?」
ミックは真顔で、
「僕はこの試合を普通に終わらせるのがイヤなだけなんだ」

試合が始まると金網の意味が逆転していた。金網の中のリングで闘うのではなく、金網の外をよじ登っていく大男二人。
天井で向き合った両者には、このとき、なんの因縁もなかった。伏線など何もなく急きょ組まれたカード(しかも前座試合)だった。
WWFのライターが書いたシナリオは、「金網の上で凶器を使って殴り合う」というだけのものだった。

プロレスはインチキのショーだ。ショーだから続けなきゃならないんだ!

「やって」(ミック)
アンダーテイカーはミックを6メートル下のスペイン語放送席に突き落とした。
放送席はクッションにはならず、ミックはコンクリートの床に叩きつけられていた。

どの街に出かけても繰り返される質問にミックはうんざりしているという。
「あのときは痛かった?」
呆然としつつ、「担架が運ばれてきて試合は終了する」と私は思っていたのだが……。 金網を登るミックは笑みを浮かべていた。
再び天井に立ったミックは、
「やって」
アンダーテイカーはチョークスラムでミックを天井に叩きつけた。
天井が抜けた。
ミック・フォーリー、一世一代のバンプ!
私は「史上最悪の放送事故だ」と思ったが、これもミックが準備したギミック(仕掛け)だった、というのだから恐れ入る。いや、「恐れ入る」という言葉では全然足りないよ。 真の事故はそこからだ。

天上の穴からパイプ椅子が落下した。凶器としてミックが持ち込んだものだ。
顔面直撃。アゴ関節が完全にいかれた。
アンダーテイカーは回想する。
「あのときは、あんたが死んだ、と思った」
アンダーテイカーは足を故障していたが、かまわずリングに飛び降りた。
「もう充分だよ」
このとき、ミックが笑ったように見えたのは、下唇の下に裂け目でできていて、そこから舌が飛び出していたからだ。鼻に突き刺さった白いものは、折れた前歯だった。
ミックは首を振った。
「いや、大丈夫だ。続けよう」

試合が終わると、ミック・フォーリーは自室にこもって原稿執筆に没頭した。「ごきげんよう!」と名付けられる文章だ。
<これが真剣勝負のスポーツならここで試合中止だ。でも、ショーは続けなきゃいけないんだ!>(『ハヴァ・ナイス・デイ!』)

本の書き出しはこうだ。
<1994年3月17日。ドイツ・ミュンヘン。信じられないよ、耳をなくすなんて!>
ビッグバン・ベイダー戦でミックは耳を失った。
<ここで試合中止になるのが、いわゆる「真剣勝負のスポーツ」だ。でも、プロレスはインチキのショーだから、その後も続いた。>
ミック・フォーリーはリングから消えた。
プロレスとは何か?
レスラーの誇りとは何か?
これがミック・フォーリーの回答だった。
【連載】魔術とリアルが交錯する「プロレス怪人伝」

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数