【第11回】「純愛野郎」デュード・ラブが「自殺志願者」カクタス・ジャックになるまで|リアルホットスポーツ

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2015年8月24日
【第11回】「純愛野郎」デュード・ラブが「自殺志願者」カクタス・ジャックになるまで

ミック・フォーリーの4つの人格のうち、最大の失敗作がデュード・ラブだった。「純愛野郎」デュード・ラブはなぜ、「ハードコア・レジェンド」カクタス・ジャックに変身したのか?

フリーライター
  
pro-wrestling10
※写真はイメージです。

いつも身近にいた彼女。大好きな彼女は僕の名前を知らなかった!

ミック・フォーリーの4つの人格のうち、最もパッとしなかったのがデュード・ラブ「純愛野郎」「愛の奴さん」(私の拙訳)である。
こいつが踊りながら登場しても会場は静まり返ったまま。
「ピッピーなのにコサックダンスを踊る」みたいなことをしても笑いは取れない。

世界一の高額所得レスラーとなる「ストーンコールド」スティーブ・オースチンに「暗いやつとは組まねえ」と言われて、無理やりひねり出された人格。
「ミックは無理して演じているんだろうなあ」
私はそう思っていたのだが、資料をめくっていて驚いた。
デュード・ラブは実は最古の人格であり、ミック・フォーリー(本名)にとって最もこだわりのあるギミックだったのだ。

お話は彼が二十歳のころに遡る。
真面目で気のいいテレビ番組制作専攻の学生だったミックは、デートはおろか女の子とまとも口をきいたこともなかった。
意中の彼女と初めてのキスを体験したのは、女子寮の前。

ミックは意を決してこう言ったのである。
「遅くなったので寮まで送っていきましょうか?」
身長188センチのアマレス少年は「ボディガード」としてはうってつけだった。
キスを受け入れた少女、キャシーは恥ずかしそうに微笑んでいる。
念願成就。「やったー!!」となる場面だが、次に飛び出したキャシーの言葉を聞いて、ミックが立っていた地面が抜ける。
「おやすみなさい、フランク」
……フランク!?
ズ、ドーン!(ミックの落下音)
ずうっと片思いをしていた彼女は、自分の名前を覚えていなかった。
ショックを受けたミックが次に何をしたかというと……。
自室にこもりシナリオ執筆に没頭した。女の子に名前を間違えられた男が、自己破壊的なプロレスラー「デュード・ラブ」となる物語だ。

ミック・フォーリーは作家になるべき男だった?

1999年に発売されたミック・フォーリーの自伝『ハヴァ・ナイス・デイ!』は、ニューヨークタイムズの全米ベストセラー10位までに18週間も居座り、プロレスファンを驚かせたが……。

二十歳のとき、すでにミック・フォーリーには最も重要な作家の資質が備わっていた。
だって、ミックが意中の彼女から「フランク」と呼ばれた体験は、普通の男子なら絶対に口に出せない恥ずかしいこと、秘密にしておきたい出来事だよね。
しかし、ミックは書いた。秘密にしておきたいことだからこそ、その体験をコメディにした。

デュード・ラブの物語のクライマックスは、2階建ての家の屋根から地面へのトペ・スイシーダ(スイシーダはスペイン語で「自殺」)。ミック・フォーリーを紹介するビデオにたびたび登場するシーンである。
寮の友人たちは、やたらでかいが目立たないやつの自虐的行為に熱狂した。
ミックは「プロレスラーになる」と心に決めた。「落ちる」ことを宿命づけられた男の誕生だった。

Dude Loveは「愛に殉じる男」と訳すべきなのかもしれない。
「キャシーは僕の名前を覚えていなかった!」
「僕は一生、童貞だ」
「……死にたい……」
「負けっぱなしのスーパースター」誕生のきっかけは、切なくもバカバカしい青春のひとコマだったのかもしれないけど。

プロ4戦目。僕は前歯2本を失った

「ウソを一切つかない」と決めた「変な人」の文学作品は、まず間違いなく面白いが、プロレスの世界ではどうなのか。
ドミニク・デヌーチの指導のもと、「バンプ(受け身)」を徹底して叩き込まれデビューしたミック・フォーリーは、プロ2戦目で致命的なミスを犯す。
控室で対戦相手を迎えた新人レスラーは、挨拶とともに「自分が受けられる技」を申告するのが習わしだが、ミックは自信満々でこう言ってしまった。
「バンプが得意なんでどんな投げ方をしてもいいですよ」
聞いていた相手が悪かった。
事前に打ち合わせをしてもリングに立ったら忘れる男、ダイナマイト・キッドは、若僧に聞き返した。
「お前、何試合目?」
「2試合目です」
ロープに振られ走ろうとしたミックはアゴに衝撃をおぼえた。
キッドがカウンターのエルボーを思いっきり入れてきたのだ。
アゴが破壊され、口が閉まらなくなったところへ、キッドの神業スープレックスが連続して炸裂した。ミックは失神しレフェリーに担ぎ出された。

それでも愚直なミック・フォーリーは翌日も試合会場に出かけていった。
試合開始直後、アゴが外れたまま投げられたため、前歯2本が吹っ飛んだ。
わずかキャリア4戦でミックは「前歯なし」の異形のレスラーになっていた。
「スーパーフライ」ジミー・スヌーカに憧れていた少年は、「怪奇派レスラー」として生きることを余儀なくなされた。
カクタス・ジャックの誕生である。

この人格に私が異名をつけるなら「イノセントな自殺志願者」である。
ありとあらゆる凶器を手に暴れまくるが、別に怖くない。
カクタス・ジャックがリング下のコンクリートに相手を落とし、エプロンからエルボーを落とすと必ず自爆する。
あとはコンクリートの床に落ち続けるのみ。どこからどう見ても「自分から」落ちている。
相手を地獄の底に落すため、マットにぶちまけられた大量の画鋲。
しかし、最後に背中から落ちるのは画鋲の袋を持ってきたカクタス・ジャック自身なのだ。

カクタス・ジャックの目標は当然「世界最大のプロレス団体WWF入り」だった。直訴の電話をかけたが、ビンス・マクマホンは冷たく突き放した。
「君のルックスでスターになれるとは思わない」
プロレスの世界でビンスほどの正直者を私は知らない。

「世界最大の人形劇団」にいる僕の未来は?

1980年代。
ビンス以外のプロレス関係者はこう言い張っていた。
「プロレスはスポーツだ」
カクタス・ジャックが頭角を現したころ、ビンスは州の体育協会ともめた。
プロレスはスポーツなのでWWFも各州の体育協会の管轄下にあり、興行収入の一部を協会に上納していた。

ケンカのきっかけは莫大な収益を上げたPPV(テレビ視聴料)だった。
「PPVの収益も上納金の対象だ」と主張する体育協会に対し、ケチなビンスはこう言い放った。
「プロレスはスポーツじゃありませんよ。スポーツ・エンターテインメントなんですよ」
この一言でプロレスラーの「アスリートとしての誇り」は木っ端微塵となった。
「そんなことはわかっている」が「お芝居」とまで言い切られると……。
リング内外で「自己破壊」を続け、毎夜のように傷の縫合を受けていたカクタス・ジャックもまた、生来の正直者に戻った。
カクタス・ジャックのテレビ・インタビューから奇妙な陽気さが消えた。
「この地上にプロレス団体なんてものは存在しないんだ。世界最大の人形劇団だ。だがな、お前らに俺の試合を自由に操られてたまるか! ワン、ツー、スリー、ジャンプ。ワン、ツー、スリー、ジャンプ……。俺はごめんだぜ! 毎晩、考えているが、俺には俺の行く末が見えない」
【連載】魔術とリアルが交錯する「プロレス怪人伝」

著者:中田 潤

フリーライター
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『平凡パンチ』専属ライターを経てフリー。スポーツを中心に『ナンバー』『ブルータス』『週刊現代』『別冊宝島』などで執筆。著書は『新庄のコトバ』『新庄くんはアホじゃない』など多数